感謝
早いもので今年ももうすぐ終わろうとしています。
今年は本当に母一色な年でした。
今までの親不孝を償えと言われてるようでなりません。
はい、これからも頑張ります。
さて来年は引越しが控えています。(このブログでは引越しはできないと書きましたが、決行することにしました)
新しい環境で新しい生活を頑張っていこうな、お母さん。
そして快く受け入れてくれたダンナにありがとう。
これまでブログにお越しいただいた皆様にありがとう。
これからもよろしくお願いします。
よいお年をお迎えください。
早いもので今年ももうすぐ終わろうとしています。
今年は本当に母一色な年でした。
今までの親不孝を償えと言われてるようでなりません。
はい、これからも頑張ります。
さて来年は引越しが控えています。(このブログでは引越しはできないと書きましたが、決行することにしました)
新しい環境で新しい生活を頑張っていこうな、お母さん。
そして快く受け入れてくれたダンナにありがとう。
これまでブログにお越しいただいた皆様にありがとう。
これからもよろしくお願いします。
よいお年をお迎えください。
父は25年前、悪性脳腫瘍で亡くなりました。
47歳でした。
私の誕生日2日前の朝、突然の頭痛で七転八倒し病院に運ばれそのまま入院。
腫瘍が奥深くにあったらしく、入院から亡くなるまでの半年間で三度の手術をしたものの手立てがなく一時退院した頃には廃人のようになっていました。
当時、母は42歳、私は中学生、妹は小学生でした。
私は物心付いたときから父からの愛というのを感じた事がありませんでした。
かといって虐待されるとかいうわけではありません。「無関心」です。
しかし外面だけがいい父だったので、よく近所の人から「優しいお父さんでいいねぇ」と言われてました。
小さい頃、その言葉を聞くたびに不思議でしょうがなかった。
一番強烈に覚えてるのが、珍しく家族で外食に出掛け店に入る直前に私が「あ~お腹すいたね~」と言うと、父は「みっともない!」と烈火のごとく怒り出しました。
ご飯食べにきてるのに何がみっともないのか?????と思ったこと。
母から聞いた私が赤ちゃんの頃の話。
どうしても母は出掛ける用事があって、父に時間がきたらオムツを変えておくように頼んだらしい。
帰ってみると、私はオムツがドロドロの状態で火がついたように泣いていた。
どうして変えないのかと聞くと、「汚いから」だと。
あぁやっぱり愛されてなかったんだと納得した。
マザコンを通り越し、祖母の奴隷のようだった父。
私が男じゃなかったという理由だけで、母を疫病神と言い私を差別し続けた祖母や小姑達。
それを知りながら見て見ぬ振りし続けた父。
あなたはどうして母と結婚したんですか?
何のために家族を作ったんですか?
世間体ですか?
私も歳を重ねるごとに、父も祖母の犠牲者なのかもしれないと思うことがある。
でもあの時、最初で最後あなたに殴られたときの痛みに、やっぱり愛情の欠片も見出せません。
去年末から妹の流産、ワタクシ初めてのギックリ腰、母のガン発覚と、振り返ると立て続けに悪いことしかなかった一年。
でもその間、ウチのダンナも老猫も寝込むことなく元気でいてくれた。
これは本当にありがたいことだった。
元々、気管支系が弱い私はカゼをひきやすく、カゼをひくと必ず出るようになった喘息。
一年に一度は大熱を出しゼェゼェいいながら寝込んでたのが、今年は一度もなし。
母が入院してた一番寒い時期、病室のある5階まで毎日階段で何往復もしてたのが私にとって体力作りになってたのかもしれない。
(気が張ってたというのもあるかも)
しかし歳をとるとだんだん体が変わってきてるのが分かる。
自分は胃腸だけは丈夫だと思ってたのに、少し食べ過ぎると胃痛が三日も続いたり、私の健康のバロメーターであるアルコールが飲めなくなったりすることが増えてきた。
これからは自分の体もちゃんと労わってやらないといけないなぁと実感してる今日この頃なのである。
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
ダンナの分は数ヶ月前に来てたんだけど、とうとう私の分も来たよ。
結婚などで苗字が変わった女性はよく記入漏れがあると聞いた事はあったんだが。
案の定、独身時代の厚生年金の分がズッポリ抜けてる。
「平成8年12月以前に結婚などで姓が変わった方で、姓が変わる前にも年金に加入したことがある方は当時の記録が別々になっている可能性がある」
そうですよ。
私が結婚したのは、平成8年11月。
あ~あ~面倒くさ~い。
もう文句を言う気力もございません。
ちなみにダンナの記録は合ってました。
ウチのダンナは一言でいうと、まじめを絵に描いたような人。
しかし昔っからトボけたところがあって、真剣に話せば話すほど可笑しい。
今テレビでアインシュタインが出てるコーヒーのコマーシャル。
E=mc2(エナジーイコールエムシースクエア)
質量とエネルギーの等価性・・・
私には全く意味が分かりません。
ダンナ曰く、
「えーと、何やったっけ?E=mc・・・・・
冷蔵庫が壊れました。
冷蔵室が25度になってました・・・
翌日が生ゴミの日でよかった~
冷蔵庫って10年くらいで壊れるようになってるって聞いたけど、ウチはまだ7年しか経ってなかったのになぁ。
やっぱり引越しの時に動かしたのが原因なのか・・・
家電製品は一つ壊れると続々と立て続けに壊れるというから、次はナンなのか。
もう堪えてください(T_T)
今のお墓は(父方の。いずれ母も入る)、昔ながらで山の天辺にあって不便なのでずっと前から市内の霊園に移そうと話し合っていた。
先々週から業者の人と何ヶ所か廻って、やっと見晴らしがいい霊園に決めた。
決まった途端に母は「この墓には入りたくないなぁ・・・」って。
死ぬのがイヤという意味ではなく、父方の墓に入りたくないと。
だから父が死んだ時に、私は散々「籍を抜けばいい」と言ったのに。
私が男じゃなかったからと小さい頃から他のいとこと差別し、母を疫病神と罵り続けた祖父母や伯母達。
それを見て見ぬふり続けた父。
本当は私も母をそんなところに入れたくはない。
やっぱり籍を抜いてなかったら、母方のお墓には入れないんだろうか・・・
今度、良くしてくれた業者のおじさんに聞いてみよう。
しかしお墓というのは高いのでビックリした。
同じ広さで市内に近いというだけで永代使用料が30万も違うなんて。
さてこれからお墓が出来上がって移すのが大変だなぁ。
母には体力つけといてもらわないと。
もうちょっと一緒に頑張ろな。

先日、ダンナと焼肉に行った時の話。
小学校低学年くらいのボクを連れた三人家族が座敷にいた。
お父さんは片膝を立てモクモクと煙草を吸いながら肉を頬張ってる。
ボクも片膝立てて一生懸命お肉を頬張ってる。
「あ~やっぱり親子なんだなぁ」と思ってると、お父さんがボクに「膝立てて食うな!」
えーーっ
アンタは![]()
このコ、親の真似してるだけなのにそんなこと言われてどう思ったんだろ。
子供というのは親の言動をすべて見聞きしてるだろうから(私の甥っ子がそう)、このコも矛盾した大人に成長していくんだろうかとお節介にも心配した次第。
※文化の違いで韓国人は膝を立てて食べるのが普通と聞いた事があります。
しかしこの家族の顔はどう見ても日本人、言語も日本語でした。
本日の愛媛新聞で、二宮清純さんが書かれてたコラムを読んで「うん、うん」と頷ける内容だったので私も感想を。
日本は、一人当たりの食料廃棄が世界一多いのだそうです。
特に今流行のバイキング。
あまりにも処分しなくてはならない食べ残しが多いので、残した場合は罰金を取るというシステムをとってる店もありますよね。
本当なら「食べ切れる量を皿に取る」というのが当たり前なのに、大人も子供も絶対残すであろう量を持って行く。
だからそんな罰則を作らざるを得なくなる。
私のダンナは食に携わる仕事をしてるので、毎日そういう風景を見てるそうです。
母から聞いた話ですが、今のように大きなスーパーがない時代に、肉は注文しないと手に入らなかったというのです。
信じられないような事ですが、確かに肉って滅多に口にしなかったような気がします。(一番に値段が高かったという理由だと思うんですが
)
だから、「鶏の唐揚げ」なんてすごいご馳走でしたよ。
それと一番思い出すのは子供の頃、お茶碗に一粒でもゴハンが残ってると「バチがあたる」と叱られたものです。
この頃はまだ「もったいない」という感覚が日本人には残ってた時代かもしれません。
今ではスーパーに行けば、旬がなくなった野菜、肉、魚などがたくさん並んでいます。
お金さえ払えば何でも口に入る、少々古くなったものは捨てて買いに行けばいいや、という感覚。
世界では多くの途上国が食糧危機に陥ってるといいます。
日本の食料自給率は先進国の中で最低の39%。
いつの日か、食を粗末にしたこの国は「しっぺ返し」をくらうのではないかと二宮氏は締めくくっています。
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